2021/01/20
私は以前、小学校教員でした。
大学生の時から、小学校の先生になりたくて、灰谷健次郎の『兎の眼』を何度も読みました。
そのたびに、涙を流しました。
本当に、こんな感動的なドラマが、教員になると起こるのだろうか。
そう思っていたのです・・・・しかし、
実際に教員になると、
小説の世界よりももっと感動的な日々
が私を待っていました。
私は、ブログにその時のことを思い出しながら綴っていきます。
これから、小学校の教員になろうと思っている、
若い人に勇気を与えることができたら、最高です。
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1.出会い
教員になって6年目、私はA君という男の子と出会いました。
A君をはじめ、私が担任したのは5年生のクラス。
段々と心も体も変わり始める時期で、
小学生の中では比較的難しい学年と言われていました。
私は、始業式に生徒たちと出会い、そして生徒たち一人一人の仲間を呼んでいきました。
「マー坊先生は、君たちとの出会いを最高に楽しみにしてきました。
だから、先生はみんなの名前を覚えてきました。
先生がみなさんの名前を一人一人呼んでいきますから、
呼ばれたら、『はい!!』と元気よく返事をしてくださいね。」
教室はざわつきました。
なぜなら、私はこの学校に数日前に転出してきたばかりだからです。
始業式の日までに、初めて会う子たちの顔写真を、前の学年の担任の先生にもらい、
顔と名前を一致させるために努力を費やしてきたのです。
どの子も、名前を呼ぶと、驚くのと同時にとてもうれしそうな笑顔を見せてくれました。
そして、A君の番。
彼の名前を呼ぶと、彼は渋々返事をしました。
「へ~い・・・」
私は、一瞬固まりました。
しかし、即座に言い返しました。
「先生は君に会うまでに、君の名前を覚えようと一生懸命努力した。しかし、君は適当に
返事した。そんな態度で一年間、過ごすのですか?」
あくまで笑顔で、しかし毅然と伝えました。
すると、A君はふざけた顔が一変し
「いえ。」
と答えたのです。
そして、
「もういちど呼ぶよ。A君。」
「はい!」
今度は、先ほどとはうって変わってはきはきとした声が返ってきました。
私は思わず、
「えらい!!!すぐに自分を変えることは大人でも難しい。君はそれを今やった。
先生は、君を一年間何があっても信じ続ける。」
と力強く言いました。
彼と、私の素敵な一年が始まったのです。
実は、A君は前の学年の時に、度々先生方を困らせていました。
全然、先生の言うことを聞かない、という申し送りを私は受けました。
さらに、毎日担任の先生はもちろん、他の先生からもA君は怒られ続けていたと聞き、耳が痛くなる思いでした。
でも、私は、
「この子にも絶対にいいところはある。
それを私が見つけ、彼自身に自信を持たせるのが仕事だ!」
と心の中で思っていたのです。
2.「いやだ」
始業式から数日。
国語の授業を行っていた時です。
その時は、ノートに書いた考えを、私に見せに来る場面でした。
A君がノートを持ってきました。
彼のノートを見ると、明らかに途中から気の抜けた乱雑な字がノートに並んでいたのです。
私は
「A君。字が丁寧ではないね。書き直します。」
そう伝えると、瞬間的に彼の言葉が矢のように返ってきたのでした。
「やだ!!!!!」
何度同じように伝えても、この「やだ!!!!!」の一点張り。
自称温厚な私もさすがに怒りそうになったが、ひと呼吸。
心を落ち着かせて彼にそっと伝えました。
「君は先生に『やだ』というのが、癖になっているんじゃないかな。
それでは、君が損をしてしまう。
君は、心にとっても素敵な優しさを持っているのに、損をしてしまう。
だから、先生が『やだ』と言わないでいられるいい方法を教えてあげるよ。」
そして、一枚に付箋に次のように書いて渡しました。
「先生に、何か言われたときは、まず
1.深呼吸しよう
できる限り息を吐くんだよ。
そして
2.『はい』と返事してみよう
ただ、先生から言われたことがどうしてもできない時だってあるよね。そうしたら
3.『先生、それは難しいです』と小さな声で言おう。
この付箋には、今日からの日付を書いておくから、出来たら◎。出来なかったら△を書くね。
この付箋はしばらく君の机に貼っておくよ。」
彼は黙って私の話を聞いていました。
私は最後に
「君ならできる!先生は信じているから。」
と肩に手を当てて伝えました。
彼は、小さくうなずいたのでした。
3.変化
次の日、さっそく彼に頼みごとをしました。
きっと、彼はすぐ変わるだろうとうすら期待していた私がいました。
でも、彼の答えは、
「やだ!!!!!」
だったのです。
そして、次の日も同じように
「やだ!!!!!!」
付箋には△が並んびました。
そして、次の日。
彼にこの方法は合っていなかったかな、と少し思い始めていたのですが、試しに彼にお願い事をしてみました。
「A君・・・・配りものを手伝ってくれないかな?」
・・・・・
「はい。・・・・」
私は、耳を疑いました。
彼から素直な「はい」の返事が返ってきた???
そう。彼は、素直に教師に返事をすることができたのです。
私は彼を褒めました。いや、褒めまくりました。
「すごい!!A君!!やればできるじゃないか!!!」
彼は、とっても嬉しそうでした。
その日から、なんと付箋には◎がずっと続いたのでした。
4.信頼
A君は、少し落ち着きのない子でした。
だからこそ、刺激を求める癖があったと思うのです。
教師にわざと叱られるような真似をしていたのも、刺激を無意識に欲していたのかもしれないと感じました。
そう思った私は、作戦成功したその日から、
叱るよりももっと刺激が強い“褒める”行為をし続けました。
「すごい!!!すごいよ!!」
もう、大声で褒めることも日常茶飯事でした。
落ち着きがない。
でも裏を返せば、非常に反応が早い子でした。
頭の回転が速く、教師の話を実は
「うんうん」
と小さく頷きながら聞き、理解したらすぐに作業に取り掛かる。
だから、私は長い話は彼には不向きだと考え、なるべく短い指示を出すようにしたのです。
そして、反応が早い彼を褒め続けました。
これがどんどんいい方向に転がりだしていったのです。
「マー坊先生の言うことをきちんと聞いていると、褒められる」
そう思った彼は、気づいたときには、私の話を10聴くようになってくれたのです。
すると、勉強の成績も急上昇。
ほとんどのテストが90点以上。
いやむしろ大半は100点となりました。
本人もテストを見て、びっくり!!
「こんなに100点を取ったことがないよ、先生!!」
彼は、自信を、自分自身に自信を持つようになってくれたのです。
授業中は、その行動力をフルに発揮して、意見を言いまくっていました。
討論形式の授業をした時には、彼は議論の中心にいつもいました。
5.突然
そんな楽しい日々が過ぎていたある日。
A君のお母さんから急に相談を受けたのです。
「先生、Aは先生と会ってから毎日学校が楽しい!と言っています。
ただ・・・
家庭の事情で、隣の学校の地域に引っ越すことになりまして・・・」
私は、ショックを隠せませんでした。
せっかくA君が成長してきて、これからもっとA君の成長が見たいと思っていた矢先のことだったので、言葉が出ませんでした。
その日は結局、隣の学校に引っ越す場合の手続き等の話をしました。
お母さんからの話で気持ちを落としていたのですが、その数日後。
またA君のお母さんが学校に来て話をしてくれました。
「実は・・・あの後Aとも家でよく話しました。
その結果、引っ越しはするのですが、隣町からバスでこの学校に通う方向で、話を進めることにしました。」
「え・・・」
私は嬉しさと、驚きでうまく言葉が返せなかったのですが、すぐさまお母さんが言葉を続けてくれました。
「Aは、先生のことが好きで・・・こんな事を言っていました。
『俺のことを本当に分かってくれるのは、マー坊先生しかいない』
だから、Aをこの学校にバスで通わせ続けます。」
私は、心の底から感動しました。
私のことをこんなに必要にしてくれるなんて。
6.私の先生は子どもたち
この子は私に、教師という仕事のすばらしさ、
いや、人間と人間のつながりのすばらしさ、
人に必要とされた時の心の潤いを教えてくれたのです。
そう思うと、私の心もA君に対して感謝の気持ちでいっぱいになりました。
私は、彼に
「誰しも人間は可能性がある。」
ということを教えたいと願っていました。
でも、私は彼から
「先生も大きな可能性がある。」
と逆に教えられたのです。
人が人を教え導く仕事。教師。
人を変えよう、なんて本当はおこがましいことなのかもしれません。
でも、彼が私を好きだと思ってくれたら、
彼は自ら変わり始めました。
日々、ゆっくりと成長し始めました。
そう考えると、自分自身にできることは、人を変えることではなくて、
常に自分自身を見つめなおしていくことなのかもしれません。
A君、ありがとう。
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